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8月, 2021の投稿を表示しています

雨夜の月

久し振りの月だ。 昔むかしある偉い人が 「月は天上界に支配、リンゴは地上界に支配、 だからリンゴが落ちてきても月は落ちてこないのだ」 それに納得しなかったのがニュートン。 引力は離れれば離れるほど、とても小さくなるらしい。 先生はこれがニュートンの「万有引力の法則」だといっていた。 じゃあ「リンゴを高く上げていったら月になるの?」と聞いたら、 そうでもなさそうだ。 月が落ちてこないのは月は自分で仕事をしていて、忙しいのだ。 これが「ニュートンの運動方程式(オイラーが数式化)」だと言って笑った。 あれから幾年、 手を伸ばせば届きそうなのに、月は今宵も忙しそうだ。 追いかけても追いかけても追いつけなくて あきらめ帰ろうとしたら後ろからついてくるし、 何だか天邪鬼(あまのじゃく)な月だと思う。 叶わぬ思いを 傘を持ちだして君、おっ月さんに歌う   傘かして あげてとねだりし 雨夜月  /あきのの 

見えない次元

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だけど、目では、なにも見えないよ。 心でさがさないとね。 The Little Prince 急に降り出した雨。 雨宿りに立ち寄った珈琲屋さんで 恋人らしき二人の会話が聞こえてきた。 「だって、ちゃんと説明してくれなきゃ分かるわけないし、 あんたの次元は高すぎて、私には見えないのよ!」 えっ、次元が見えない? 見えない次元って『超ひも理論』の事!!! 20世紀の最大の発見とされる一般相対理論に  量子論を融合させた万物の理論が研究されていて  今日、超ひも理論が流行の最先端だ。 もちろんですが、「<strong>ひも</strong>」と言えど、 間違っても女性にたかる男の話ではありません…^^ ひも理論を説明するためには 私たちが体験することができない次元が必要だというのです。 偉い人が言うには、この多次元 「性能の悪い顕微鏡で見れば、遠くにある送電線に小さな蟻が 螺旋を描きながら移動していても見えないのと同じなのです」 だそうです。 可愛い彼女が涙声で抗議する気持ちよくわかる。 そうなのよね、そんな蟻さん見えるわけなんかないよね。 だからって、どうするのって言われると困るけれど… 次元を超えて多次元をみることなんかできないのだし  人間の目で見ることのできる世界には限界があるわ。 そこは性能の良い顕微鏡じゃなくて、 やっぱ、心でさがさないとね。  (*´v゚*)ゞ …と、思っていたけれど、 だけど、、、 やっぱ、、、 見えないものは見えるわけないんだから。

生きる価値

    きっと、探していたものとは異なる答えを見つけたのだ。     数年前の記録映画。 邦題 :『ダウン症のない世界?』 原題: A World Without Down’s Syndrome? 制作: Dragonfly Film & Television (イギリス  2016 年)     ダウン症の息子を持つ女優で脚本家(サリー)が 出生前診断の結果を受け、中絶を選ぶ女性が多い現実に 医師や制度の問題点を探るものだった。   出生前診断の精度が上がったことで、 イギリスではダウン症の子どもが生まれる確立が高い場合、 90%の女性が中絶を選ぶデータが紹介されたていた。 高福祉社会のアイスランドでは100%とのことだった。 日本ではどうなのだろう?         ダウン症( 21 トリソミー)協会によると、 2013 年に新型出生前診断( NIPT )が導入された日本では 現在までに NIPT 陽性で出産に至ったのは 3 例しかないとのこと。 つまり 99% 以上が人工妊娠中絶を選択している。 命の選別だと言われもするが、深い悲しみがその裏にある。 そう思うと、パラリンピックを控えて 未だにコロナ重症患者の命の選択を、 あなたのその軽い頭の中に、まるで哲学があるかのような顔をして 軽々に口にする愚かな医師がいるのは何とも悲しい。 あなた達は学ぶべき何かを間違えている。      

惚れて通えば千里も一里

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私たちは独りで判断できない状況に立たされたとき、 周り人の表情や口調などを手掛かりに、自分の行動を決めることがある。 例えば母親に抱っこされている乳児が、 外で犬を見たときやはじめて出会う人と対面したとき、 母親の顔を瞬時に見上げるのをしばしば見かける。 母親が好意を持ち相手に微笑んでいれば 乳児は安心してこちらを振りむく。 反対に母親が不快感や恐怖感を持ち、 乳児を抱くその身体に微妙な変化(例えば体温や心拍)が 起こったり、 抱きかかえる手の指に力が入ったりすれば、それを乳児は敏感に察知する。 そしてそこに起こる乳児のリアクションは、 あなたと相手(母親)との本音の一部 が垣間見える一瞬といえるかも知れない。 この乳児の行動を『社会的参照』という。 もちろん私たち大人も、判断の難しい状況に遭遇したとき、 信頼できる相手や自分の居場所を認識できる仲間の反応を手がかりに、 行動の指針を決定することがある。 SNSで自分が発信した情報に対し 構築したファンからもらう「イイネ」の数を確認する行動は、 現代社会に顕著な「社会的参照」だろう。 そんな繰り返しに価値観は形成されていく。 個人の知覚は感覚系から受け取る実際の刺激とは異なる。 つまり事象そのものが刺激ではなく私たちのこころ、 つまり刺激を知覚する機構によって読み取られたものが意味を持つということだ。 ラマシャンドラン(神経科学の教授)のレポートでは、 事故で腕を失った青年の 刺激を受け取るはずのない 腕が、 まだそこにある かのような刺激を受け取っていた「幻影視」の現象も それを語るものだろう。 私たちの刺激を知覚する機構は、 生きるために備わった感覚機能の受け取り方の大切さを教えてくれている。 例えば私が、そしてあなたが信頼する愛は、 積み上げられたこころ(刺激を知覚する機構)が読み取るもので、 相手が愛してくれているという(感覚系から受けた刺激)だけではなく、 あなたの中に愛が確かに積み上げられているからこそ感じるものだからだ。 いつの間にか私たちは、 そうした学習や経験を通し多くの文脈の中で知覚処理をしていて、 再任のための入力はほとんど必要としなくなることがある。 何らかの期待や当然そうであるべきという、 その人の文脈の中でトップダウン処理をおこない、 それがその人にとって適切であればあるほど、その知覚は促

人肌で、それとも冷たく日本酒?

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  Aurelius 自省録より およそどんな美しいものもそれ自体で美しい。 称賛を自分の部分として持たず、それ自体で完結する。 称賛されるものがより悪く、 あるいはよりよくなるというものではない。/四・二〇 うん、そう思う。 遠方より来た友のためにライ麦パンを焼いた。 ライ麦の粗びきとナッツを入れた。 バターたっぷりのふっくら甘いパンは、今時の人を魅了するらしい、 けれど個人的には、やっぱりパンはハード系かな…。 オリーブオイルに岩塩か、ガーリックオイルがずっと定番だが、 近頃は、果肉そのままの手作りジャムで食べるのも増えた。 夏はブルーベリージャム、何も足さない何も引かない。 えっ! どこかで聞いたフレーズ…?   でも、足します。純の蜂蜜とレモンしぼり汁少々^^ およそどんな美しいものもそれ自体で美しい。 称賛を自分の部分として持たず、それ自体で完結する。 もちろんね。 でも、完熟の美味しいブルーベリーで作ると、 原価が十倍以上跳ね上がるから手が出ない‼ どちらかと言えばジャムと言うより、コンフィチュールだね…? 蜂蜜につけて数日、軽く煮詰めるかレンジでチン、レモンを絞って終わり。 簡単だからおすすめだ。 手作りコンフィチュールを好きなチーズに添えるのもあり、 これが意外にお酒に合う、 ほんのり人肌、それともひんやりと日本酒。

移ろう色

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  万葉の色は、今日のような鮮明な色ではありませんでしたが 紅花、紫草、露草など、植物や土を使用した豊かな色彩の中にありました。    つき草に衣色どり摺らめども 移ろふ色といふが苦しさ 移り気な男の申し出をためらう心が歌われているのですが 月草(露草)は山藍と同じく水に流され易い移ろう色でした。 紅花(末摘花)や紫草などは大変貴重な染料で それを用いた紅や紫は色が濃くなるほど高価なものだったようです。 濃染(こぞめ)の紅色は皇族や高い身分の人に 紫はローマ・ギリシャでも、ことに中国では天帝の色であり最高位の色とされ 日本でも、一般に使用を許されない色「禁色/きんじき」でした。 対して、だれでも着用が許された淡い紅色などは「聴色/ゆるしいろ」と呼ばれたようです。 材料も高価であり、染め色を出す事の難しい色(紅色、紫根色、月草色)は 同時に、とても移ろう色(変わりやすい)です。 それに対し 、はじめからくすんだ橡の色は 染めるのも容易な染料として、庶民の暮らしにあったようです^^ 色褪せない橡(つるばみ)の色の器でお茶しませんか。