レプラコーン         



それは田舎町の一角。
頭上に田中靴店の看板がぶら下がる
間口一軒半のガラス戸の向こう。
板の間の真ん中で四角い座布団に座っているのは
まん丸ロイドメガネのおじいさんだ。

小柄で、職人気質で、すこしばかし偏屈。
けれど、気が合うと陽気な一面をのぞかせてくれる。
「待っていれば、すぐ直してやるよ」といってくれるから
いつもおじいさんの脇に座って過ごした。
コンコンとハンマーの音を響かせて修理が終わる。
「今どきの靴の修理はなってないよ。
あれじゃますます靴が悪くなるのさ、大切に履きなよ」
と、メガネ越しに笑う。


あれから過ぎた時間にわたしも大人になり、
東京に戻ることになったある夏の夕方だった。
さよならを言おうと、訪れた店の中で
丸いちいさな背中が振り向きもせず呟いた。
「店仕舞いだ、もう直してやれないからね」
こころが何かでいっぱいになるのを覚えても
突然のことに返す言葉も見つからない。
「元気でいてください」の一言だけで店を後にした。

この手からするっと逃げていった遠い記憶だ。
何も言わなくても分かり合える…
なんてことはありえないかもしない。
けれど、数十年が過ぎた今も、忘れることが無い。







コメント

kanata さんの投稿…
胸にきゅんとくるお話しですね。
そんな思い出を積み上げ紡ぎ続けて人は年を取っていくのでしょうね。
こびとの靴やさんの童話を思い出しました。
靴の修理の時代は終わって、スニーカーの時代。
赤い鼻緒の下駄を履きたいです。
コンクリートの道ではうるさがられるでしょうか。
あきのの さんの投稿…
久し振りです。コメントありがとうございます。


私もレプラコーンを思い出しながら書いていました。
このお店は、私たち家族が子供のころ通った靴屋さんです。
(子供のころ革靴を履いていた時期があります)
今はスニーカーも洗ってくれたり修理もする靴屋さんがあるようです。

そう言えば靴屋さんで、鼻緒を挿げ替えてもらった記憶があります。

素足に赤い鼻緒の下駄。
kanataさんの色っぽい浴衣姿想像してしまいました。