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移ろう色

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  万葉の色は、今日のような鮮明な色ではありませんでしたが 紅花、紫草、露草など、植物や土を使用した豊かな色彩の中にありました。    つき草に衣色どり摺らめども 移ろふ色といふが苦しさ 移り気な男の申し出をためらう心が歌われているのですが 月草(露草)は山藍と同じく水に流され易い移ろう色でした。 紅花(末摘花)や紫草などは大変貴重な染料で それを用いた紅や紫は色が濃くなるほど高価なものだったようです。 濃染(こぞめ)の紅色は皇族や高い身分の人に 紫はローマ・ギリシャでも、ことに中国では天帝の色であり最高位の色とされ 日本でも、一般に使用を許されない色「禁色/きんじき」でした。 対して、だれでも着用が許された淡い紅色などは「聴色/ゆるしいろ」と呼ばれたようです。 材料も高価であり、染め色を出す事の難しい色(紅色、紫根色、月草色)は 同時に、とても移ろう色(変わりやすい)です。 それに対し 、はじめからくすんだ橡の色は 染めるのも容易な染料として、庶民の暮らしにあったようです^^ 色褪せない橡(つるばみ)の色の器でお茶しませんか。

二元論でも一元論でもないけれど…

  治療薬候補の治験が始まって、 米国では 5 ~ 11 歳のワクチン治験数を増やすとのこと。 医療の進歩は人体実験や人体治験の歴史だ。   米国で子供の治験が始まったころ、 tv 局の記者が被験者の少年に問いかけていた。 「何故、治験に参加したの…」 「世の中のためになることだから参加しました」少年は答えた。 彼の身体への報酬は日本円で 20 ~ 30 万?程だったと思う。 参加は少年の意思と言うより、親の意向を感じるし、 そもそも、少年にマイクを向けた意図って何だったのだろう。   日本ではワクチン治験 1 週間程度拘束に、 7 万円でボランティア治験者を募集していた。 募集に関連した記事に「意外に高額な報酬」とあった。 ワクチン接種側である医療従事者への報酬は、 1 人で 1 日 100 人程度の接種は可能と考えられる計算で、 1 日 50 万を超える報酬が算出されるらしい。 その金額も、地域や、休日祝日であったりすると跳ね上がるようだ。 ここで日給 10 万円で医療従事者が派遣された場合、 付随するスタッフと残りは中間業者(電通?)の収入になる…。       接種者側にボランティアの立ち位置はなく、 治験者は、最初からボランティアと言うオブラードで包まれる。 取り敢えず、 人体実験は意思を無視して行われることを意味し、 人体治験は本人の自由意志となる。   ニか月ほど前のことだ、ニュース( F2 )で、生きた人体ではないが、 車の事故実態を研究する為、死体を使用している現実を知った。 驚いたのは、遺体が実験に使用されていることの道徳的な意味合いより、 「お金が払われていない」という遺族の訴えを主な話題にしていたこと。     事故実態の人体による検証実験は、日本でも行われていたようだ。   『豊田中央研究所 ( 1992. 3 )  人体の衝突傷害耐性』 の論文からピックアップ。   傷害のメカニズムを解明や耐性を究明したりする場合においては、   人間の死体や動物が用いられている。   人間の衝撃耐性の定量化に主眼が置かれているこの種の研究に関して、   欧米ではすでに 50 年以上の蓄積がある。   *     そして、死体解剖は芸術の世界でも行われていた(もちろん日本でも)。 世界中から絶大な評価を集めるダ・ヴィンチの時代に始まる。 彼は「芸術の

10分の重力の歪み

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「約束の時間に少し遅れます」とメールが入った。 少し…、 少しってどれくらい? あなたの言う少しの時間と 待たされる私の少しの時間 どうやら感じ方が違う。 10分程を過ぎたころ 朝はまだ長袖のシャツが欲しい頃なのだけど、 汗を滲ませあなたが駆けてくる。 何だか私の時間はいつも どちらかと言えば待つ10分の認識じゃなく 待たせる10分を生きていた。 いつも走っていた私の姿がある。 「時間が早く過ぎると感じたら気を付けろ」だなんて、 いい加減なこと言わないでよね。 恋人を待つ時間はたった1分でも長く感じるけれど、 共に過ごす午後はあっという間に過ぎるのだから。 確かな恋人を待つのならいいけれど 世の中って、いろいろ待ち人も事も来たらずだし … あっ!これってアインシュタインの 相対性理論の話に似ている…   (ノ∀`)・゚・。 そう言えばアインシュタインの一般相対性理論が、 重力の場の存在を予言してから≒100年目 念願の ブラックホールをつかまえてしまったから どうやら 重力レンズで時空は歪むってことは本当らしいし、 目に見えない欲望の重力で 情けないかな 私の認識レンズに歪むのは時空どころじゃないから、 だから  何にも分かっちゃいなかったと、やっと、 やっとそれくらいが分かって来たこの頃。 書きたいことがあったのに 何だかどうでもいいことかもしれないと却下。 少しずつ、過ぎる時間が急ぎ足になってきた。 (@_@; これは確かだ!

伽藍が白かったとき

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若かったとき、 新しい伽藍の夢を見ているだけで仕事が面白かったものだ。 けれど、立ち返ってみれば、白く新しい伽藍の記憶は 私の中でずっと眠っていたのだと思う。 『伽藍が白かったとき』を著したのは、コ ルビジェだ。 断片的に見た『輝ける都市』に圧倒されたものだ。 正確には、何でもありの時代、誰もが(?)そんな時があるように、 確かな手応えが欲しかった年頃だったのだろう。 タイミングよく表れたのがゴルビジェの『輝ける都市』だった。 コルビジェの「偉大な時代が始まった」の偉大な時代は、 彼が理想とした機械文明による労働の減少、 高層ビルによるゆとりが生まれる土地の使い方だった…(? ゆとりの土地には自動車のためにまっすぐな道路が走り、 そして、産業革命の鉄筋コンクリートは資本主義に拍車を掛けたけれど、 何だか息苦しい建築物が建ち並んでいった気がする。 結局、人間不在の、資本家の欲望を第一に、都市はつくられていった。 しかし当時の私の若さは、 晩年の代表作「ロンシャン礼拝堂」も「ラ・トゥーレット修道院」も 口を衝いて出る言葉と潜在意識の本音が、私の中で食い違っていたにも拘らず、 そこにカノンを意識した彼自身のモデュロール(*1)があることに、 知ったかぶりをして、ただ生意気だった。 「この計算された機能美、なんて凄いデザインだろう」ってね。  (*1)=人体の寸法と黄金比からコルビジェが作った建造物の基準寸法の数列 そして西洋美術館が、コルビジェの設計だと知ると、 通り過ぎていた建物の前に足を止め、色眼鏡をかけて見上げた。 私はやたら感心してつぶやいた「さすがコルビジェだ…」と。 コルビジェの何ひとつ知りもしないのに、なんて滑稽だっただろう。 随分の時間も過ぎ、ほんの二週間ほど前だ、 宇沢弘文(経済学者)の講演を収録した本を読んでいて、 コルビジェの名を見つけた。 古い本棚から検索したのは、懐かしい『西洋美術館』だ。 そして、西洋美術館は、 敗戦国という歴史を引きづっていたのだとはじめて理解した。 時に70歳だったコルビジェは、簡単なスケッチだけで全てを弟子に任せた。 意匠から見ても、日本の美術館など興味が無かったのが現実だろうな…。 だからかな、任された弟子たちは、 彼の過去の作品(パリ市立・国立美術館のスロープ式流動性や ネスレ展示館の回廊式展示)を継承する図面しか引く

誰が食べるの

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太陽や月が欠ける現象を 蝕甚 :月蝕 (食)、日蝕(食) と書く。 蝕はむしばむと言う意味をもつのだけれど、 月が影に隠れてゆく現象を「むしばむ」と表現するのは何故だろう? それは「欠ける」でもなく「食べる」なのだ。 月が欠けるのも修復が大変だが、 月を「誰が食べるのか」って、子供のころは不思議だった。 食べられたら月がなくなるのだと思った。 ちゃんと返してくれなければ… それからは良いのか悪いのか、 私も少し賢くなって望遠鏡も買った、夜な夜な三脚も立てたものだ。 今夜の「皆既月食」は厚い雲が出張ってきているし、 もう気力もないからNAOJの中継を見ていた。 時々他の中継に浮気しながら^^ 落胆のため息が聞こえそうなチャットが駆け足で流れる。 私としては、雲の向こうを透かして見せてくれるかなと、期待もしたけれど… そういえば、スーパームーンでもあったんだね。 今追いかけたら月の下に行くことが出来るかも知れないと錯覚するほど大きくて。 でも、月はつれないもので、近づけないどころじゃなくて遠ざかっていく。 科学者たちはそれを「月の後退」と呼ぶ。 月光を蝕む地球(月食)と少しずつ離れゆく月の時間、 時間って不思議なドラマだ。 50億年後、太陽系の存在そのものも確かなものじゃないけれど、 そうした不確かにつながる時間をいつまでわたしは生きているのだろう…。 生きてる時間の存在って何なのだろうとこの頃思う。   ▲三鷹キャンパス(部分月食):国立天文台 ▲石垣島天文台(皆既月食):国立天文台  学者さんが写した皆既月食、借りた身なのに生意気ですが、  美し過ぎて、少し寂しい(ごめんなさい)。

ボロボロのきものを脱ぐ 

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人生には転機があるものだ。 これが最後の転機になるのかな…、そう思う。 今月中に最後の本焼きを終了して、 来月75アンペア―の電気契約を40アンペア―下げる予約を入れる。 「しろうと本窯を築くべからず」も(時間とお金がかかり過ぎ)理解したし、 しかも吾を忘れて没頭していた素朴さがなくなった(致命的)。 一体何をやっているのだろうと、空虚感が大きすぎるこの頃だ… けれど往々に、人生とはそんなものかもしれない。 否、「広義の人生とは…」ではなく、私の人生はですね。 けれど幾らかの人も何らかの空虚を抱えていて、抱えた記憶があって、 そうした空虚感を癒そうと何かに没頭するのだけれど…、 色々な意味で思い上がりが全てを台無しにすることがある。 結局内面の空しさは埋められることもないままだ。 恋人との関係に例えれば、心理的距離が近くなればなるほど 愛と憎しみの相反する葛藤がつのるってところに似ているかな。 フロイトはそんな恋人の心理状況を比喩して 『ヤマアラシのジレンマ』と名付けた。 「ヤマアラシのジレンマ」は 『随感録』(ショーペンハウアー)に収録されている逸話だ。     やまあらしの一群が、冷たい冬のある日    お互いの体温で凍えることを防ぐためにぴったりくっつきあった。    だが、まもなくお互いに刺の痛いのが感じられて、また別れた。    温まる必要からまた寄りそうと、第二の禍がくりかえされる。    やまあらし達は近づいたり離れたりを繰り返し    やっと、ちょうど良い距離を見つける…    こうして彼らがついにあみだした中くらいの    そして共同生活がそれで成り立ちうるほどの隔たりというのが    節度ある上品な風習(社会でのお付き合いのあり方)だ。      この隔たり(距離感)のおかげで、    おたがいに温めあおうという欲求は    不完全にしか満たされないけれど、    かわりに刺でさされる痛さは感じないで済むのだ。 面白い例えだ。 長い間、話はこれで終わりだと思っていた。 しかし改めて本を手にしたら、ハウワーの話は続きがあった。     しかし心のなかにたくさんの量の温か味をもっている人は    面倒をかけたりかけられたりしたくないために    むしろ社交界から遠ざかっているのである。 社交界だなんて訳されると遠い世界のようだけれど、 たまに日本人の

わがものなし

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  ツイッターの第一声が3億円? Twitter創業者の初めてのTweetがNFT化されて3億の値が付いたそうだ。 爆発的に知名度を上げた暗号資産NFTとは代替不可能で固有の価値を持つものの 権利や資産のデジタル権利証みたいなものらしい。 正に人間に所有欲があるからこそ成り立つビジネス世界だ。 実体のないビジネスに資本主義経済はますます翻弄されそう。 私だけがそれを持っている的所有欲をくすぐる、 希少(?)なものであるというだけの価値観がそこにある。 資本主義がその価値を支えるんだね。 NFTはその所有欲を担保してデジタル(デジタル以外の企業も参入)の 財産を保護するのに適すると言うことらしい。 何て言ったって幽霊のように実体のないの貨幣経済に、 今やもっと得体の知れない電子マネー経済が進行中。 幽霊を信頼するのだから、大したものだ。 誰かが「これは実体などなくて、君と僕の信頼に成り立つだけだから」 何て言ったら、経済はひっくり返るだろうか…? そこにプラスしてつかみどころのない欲望が渦巻く。 あれもこれも幽霊みたいなんだから、何か手ごたえが欲しい。 だから、金の相場が下がると銅に走る…? それは銅(どう)でもいいはなしだけど^^ そんな時代、NFTは人間の欲望を良く知っているのだろう。 人間社会の欲望自体が、実態の価値に関係なく唯一無二であることに大きく依存、 骨董品や美術品の世界そのものだしね。 子供でもないのに「あれが・これが欲しい」と夜毎ぐずる声が聞こえる。 愛の歌でもないのになんだか不思議だ。 欲望は消えたはずの灰の中から再び燃え上がるらしい。 なんだか恐ろしいものだって、ふと思う。 行きつく先のない欲望は強迫性障害のようで、 「我がものという補填」が必要というか、 いつも不安定な精神状態を背負っているのだろうな…? 人々は「我がものである」と 執着したもののために悩み悲しむ。   君が熱く語った 「一切にわがものなし」 それも幻想のイデオロギーに過ぎないのだろうか? このごろ独り言がふえたかな…。