鐘楼のくらし➀




子どもだったころ、普通のこととして、
お寺の鐘の音にある地域社会に暮らしていた。
遊んだ路地があり、声を掛けてくれたおばさんがいた。
傾く夕日を背に、泥んこになって帰った、裏木戸を開けると、
オレンジのあかりがこぼれ落ち、夕餉の匂いがする。
それだけのことだった。

なぜ、そんな暮らしじゃ駄目だったのだろうか…

雨が降れば泥水が跳ね返る、田舎の道に貧しさを覚え、
あげく、多くの道路がアスファルトに舗装されてしまえば、
わずかに残る土くれの道に、豊かさと郷愁を感じる。
長い時間を都会で消費し、
鐘楼の暮らしをすっかり忘れてしまったからって、
「田舎には、豊かさと郷愁があるよね」だなんて、
よく言えたものだと思う。

だけど、長く離れ、世代も変われば、

   ふるさとは 遠きにありて 思ふもの
   そして悲しく うたふもの…

エントロピーは増大して、
故郷は、すっかり、知らない人が増えた…。


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